2012/04/16

Social Status and Health 社会的地位と健康

The studies at Whitehall in London had shown that the higher the mandarin's rank, the longer his life.  Now it has shown that (at least for female macaques) the working of genes differ dependent on one's social standing which affects her immune system, hence her health.  The hierarchical organisation seems bad for your health, unless you are at its top.

英国の官僚等における研究では、組織内の高位者ほど健康で長生きであることが分かっていたが、メスのマカクを使った実験により、グループ内の地位の高低により、免疫システムを司る遺伝子の働き(したがって、健康)が異なることが分かった。階層組織は、その頂点にいる人以外にとっては、健康に良くないらしい。

http://www.economist.com/node/21552539/print

2012/03/19

Future of the Press 新聞の将来

The Economist looks at the future of the press in the context of the on-line version.

『エコノミスト』のオンライン新聞と新聞の将来に関する記事。

What is missing here is the vulnerability of Japanese papers.  For example, it will probably be agreed that in the area of economic/business press, the Financial Times is far more important and influential globally than the Nikkei.  The global circulation of the former (including the digital edition), however, is only one fifth of the latter (predominantly in Japan).  Despite their bloated operation, the Japanese papers have little room for international expansion in the era of global on-line competitors.  Japanese are already over sold daily papers, and number of Japanese speakers globally is not growing.  Furthermore, in the past year, the main stream papers have lost confidence of the general public, as they have played to the government's tune in (not) reporting facts about the Fukushima accidents and aftermath.  If the New York Times and the Guardian are in difficulties, Japanese papers are in a catastrophy.

同記事に扱われていないのは、日本の新聞の状況である。例えば、国際的に見て、経済・ビジネス分野では、フィナンシャルタイムズの方が日経より遥かに重要で影響力があるということについては大方の同意を得られよう。ところが、前者の発行部数は(電子版を含めても)後者(殆ど国内で売られる)の5分の1にしか過ぎない。新聞がディジタル版では国際的に競争するようになっている時代にもかかわらず、日本の水ぶくれした新聞が国際進出出来る余地は限られている。国内では、(世界的比較から見ると)既に新聞の発行部数は多すぎるし、世界的に日本語を読む人口は増えそうもない。さらに、昨年の福島原発事故以来、主流新聞は政府寄りで事実を報道しないという実績で、信頼性を失っている。ニューヨークタイムズやガーディアンが困難に直面しているというのなら、日本の新聞は破局に面していると言えよう。


2011/12/07

【書評】Race against the Machine

Erik Bryjolfsson and Andrew McAfee (2011)
Digital Frontier Press

MITの E. Brynjolfsson 教授と A. McAfee 研究員による近著。

米国では、長期にわたり失業率が下がらず、家計収入の中央値が下がり続けている。リーマンショック以降は、企業収益や一人当たり GDP などは回復したにもかかわらず、この傾向が続いている。このことは、景気回復が雇用増大に結びつかず、さらに所得配分がいびつになりつつあることを示している。実際に、過去XX年間で見ると、一人当たり所得の中央値は下がり続けているものの、上位1%は、2002年以来の全米の富の増加分の65%を獲得し、1995年から2007年の間に上位0.01%の所得は3%から6%に上昇している。

雇用が回復しないことの原因について3つの理論があるとしている。1つめは、景気循環説で、大不況後の回復に時間が掛かっているだけで、何ら問題はないとする。2番目は、スタグネイション説で、鉄道・電気・内燃機関などに相当するような大規模な技術革新がなくなり、経済そのものの成長力がなくなってきたのが原因だとする。3番目は、雇用喪失説で、逆にITを中心とする技術革新の速度が速く、従来からの仕事が急速に機械に置き換えられている結果雇用そのものがなくなっているとする。著者等は、雇用喪失説の立場を採る。

ITの進歩により、従来コンピュータは苦手で人間の方が優位であるとされてきた領域で、人間の優位性が崩れつつある。例えば、グーグルは無人自動車を実際の道路で走らせたし、リアルタイムで英語・スペイン語・中国語間の翻訳をするシステムも実用化された。また、IBM開発のコンピュータは、チェスマスターのカスパロフを破っただけでなく、Jeopardy! という文脈まで理解せねばならない知識ゲームで人間のチャンピオンを破った。ムーアの法則に代表されるような、iTの指数的発展の結果、従来人間の領域とされた分野が次から次へとITに置き換えられつつある。筆者らは、企業業績が回復しても雇用が増えないのは、ITによる置き換えが進みつつあるからだと考える。また、ITの進歩に伴い、競争の勝者と敗者の差がよりはっきりするようになっている(economics of superstardom)と指摘する。人間は、このような進歩に対抗する(race against the machine)ことは不可能で、ITと一緒に競争する(race with the machine)べきだとする。

筆者らは、個人レベルの教育と同時に、ITの力を活用するために組織投資も必要だとするが、特に具体的な内容はない。巻末に、教育・起業・投資・制度 などについて、19項目の提言をしている。日本においても雇用が長期にわたって低迷し、企業業績は回復していても社会の閉塞感は晴れない状態が続いている。本書は ITを活用し、ITから利便性を得るための方策について考えるに際し、重要なきっかけを与えている。

今の処、電子書籍のみで、紙媒体は販売されていない。一昨日 ICIS (International Conference on Information Systems) 2011 で Brynjolfsson 教授に会ったときに聞いたところ、翻訳の話が進行中だという。

2011/11/10

『マネーボール』とマネジメント

日本では11日に公開される『マネーボール』(ベネット・ミラー監督、ブラッド・ピット主演)は、米国の球団、オウクランドアスレティックスとそのジェネラスマネジャー(GM)、Billy Beane の物語である。実写も交えた映画自体として面白く楽しむことができるが、マネジメントの点から学ぶこともある。

そもそも1990年代末のアスレティックスは、選手の給料総額が NYヤンキースの3分の1しかない貧乏球団だった。にもかかわらず、Beane がGMになって最初のシーズンの1998年には74勝だったが、99年には87勝、2000年と2001年にはそれぞれ91勝と102勝で、プレイオフに進んだ。映画の基となったMichael Lewis 著の『Moneyball』は、その後の2002年シーズン頃を舞台としている。2001年には、契約のルールにより給料が高額になった主力選手3名を放出せざるを得なくなり、2002年のシーズン前新人ドラフトがとても大切となった。勿論、貧乏球団が金持ち球団と同じ戦略を採ることは負けを保証することであり、Beane は、それまでのプロ野球界の常識を覆すデイタ重視の戦略で賭に出た。その結果、2002年には103勝を上げ、またプレイオフに進んだ。

(1)優秀な選手が抜けて出来た穴は、特定の点で優れているが他の領域では凡庸で世間の評価が高くない選手の組み合わせで埋め合わせることができる。

圧倒的な攻撃力を持ち、優秀な一塁手でもあった Jason Giambi が高額でヤンキースにドラフトされた後は、マイナーリーグでプレイしていた弟の Jeremy Giambi、36歳となって市場価値の落ちていた David Justice、怪我によって投球が出来なくなり捕手としての選手生命が終わってしまっていた Scott Hatteberg を安く雇った。この3人に共通する特徴は皆出塁率が高いことであったが、守備力には難点があった。そこで、Giambi と Justice は交代でレフトに充て、Hatteberg は訓練し直して投球の必要性が小さい一塁手とした。

つまり「人材がいない」と嘆く前に、業務にはどのような能力が必要なのか、緻密に分析して、キーとなる能力に注目してそれを持つ人を登用する。キーとなる能力以外の能力は劣っていても良いのであれば、代わりの人は容易に見つかる場合もある。あとは、それらの人々をどう組み合わせて活用するか、経営者の腕の見せ所である。

(2)試合に勝つための真の要因は、広く受け入れられている常識とは異なることも(しばしば)ある。

もし、勝つための真の要因が、常識の通りであったら、貧乏チームのアスレティックスに勝ち目はない。Bean は、イェイル大学で経済学を学んだ Peter Brand(原著では、ハーヴァード卒の Paul DePodesta。何故、映画では別人になっているのだろう?)の助けで、膨大なデイタの統計分析から、勝つために必要なのは、打率や盗塁率などではなく、出塁率と長打力であることを理解していた。試合中の攻撃では、振らないこと、投球数を多くさせること、出塁すること、チャンスがあれば長打を狙うこと、バントや盗塁禁止などの方針を徹底させた。また、新人が将来のメイジャープレイヤーになるための資質が、ストライクゾウンを操り、無闇に振らないで出塁を選ぶ能力であり、脚力や守備力は関係ないことも分析していた。したがって、新人ドラフトでは、出塁率では優れているが特に目立たず他球団が注目しないような大学選手(高校選手はデイタが少なすぎる)を好んで指名した。チーム運用効率化のポイントは、1出塁に必要な追加的コストを低下させることであった。

一般に弱者が強者と同じ戦い方をしては、勝ち目がない。弱者は、旧来の常識を捨て、市場や競争のダイナミックスをよく分析して、新しい戦い方を編み出さねばならない。その新しい戦い方が、強者には向かないようなものであれば、言うことはない。

(3)Billy Beane がアスレティックスで実行した戦略や考え方はずっと以前から知られていたものだが、彼以前にデイタに基づいた野球を実行した GM(または監督)はいなかった。

野球に関わる統計と勝因の分析は、Bill James に始まるとされ、多くの先駆者がいて、例えば打率は必ずしも勝ち数とは関係ないことも知られていた。アスレティックスが実際に勝利すると、プロ野球界には、悪口を言ったり腹を立てる人々も出てきた。米国で『Moneyball』がベストセラーになると、ビジネスだけでなく多様な分野の人々がアスレティックスの教訓を学ぼうとしたが、学ぼうとしなかったのはプロ野球界であった。

人間は保守的なものである。例え実証的な理論であっても、それまでの常識と異なると、なかなか採用することができない。デイタを見せられても、信じたくない人は信じない。人間は非合理な存在なのである。そのお陰で、実証に基づく経営(Evidence-based Management)は、業績を上げることができるのだ。

訳本は誤訳が目立つので、英語が苦でなければ、原書がお奨め。

2011/10/25

Olympus and Japanese Corporate Governance オリンパスと日本のコーポレイトガヴァナンス

Olympus affair.  It is really amazing Mr Woodford failed to understand, after 30 years service at the company, that his appointment was just a window-dressing, intended to give a façade of "global" company with "international" culture (it would have been even better if it had been a blond beauty instead of a burly businessman).  Main stream media here write/talk little and Tokyo Stock Exchange has not (so far) declared Olympus a "security under supervision".  Foreign media are shocked by the relative quietness about the matter in Japan.  When shall foreigners understand that corporate governance in Japan exists, NOT for the shareholders, but for the loyal company men?

TPP may well force-change all these, of course.  Do TPP promotors here understand this?

オリンパス事件。30年間もオリンパスに勤めたウッドワード氏にして、彼が社長に指名されたのは「国際的」企業文化を持つ「グローバル」企業という外見を作る為だった(頑強なビジネスマンでなく、金髪の美人社長だったもっとよかった)ということを理解していなかったことは驚くべきである。国内主要メディアは大きく報じていないし、東証は同社を(今の処)監理銘柄に指定していない。海外主要メディアは、日本での反応が余りに鈍いのに驚いている。外人は、日本のコーポレイトガヴァナンスは、株主のためではなく、忠実な社員のためにあるということを、一体いつになったら理解するのだろう?

勿論、TPPによって、これは大きく変えさせられることになろうが。これにより日本の美風コーポレイトガヴァナンスが強制的に失われるであろう事を、TPP推進者はどこまで理解していることか ...

http://www.economist.com/node/21533431


Note on 20 April 2012

I had originally uploaded this article with my tongue in cheek six months ago, but the reality turned our to be even more surreal yesterday when the company's new board was announced.

http://www.ft.com/intl/cms/s/0/3f0faaa0-8ac1-11e1-912d-00144feab49a.html#axzz1sm39qyxd

2011/10/22

Perils of International Expansion 国際化の危険

There have always been evidences against the diversification by firms.  Now an evidence concerning law firms against international expansion (ie, geographical diversification).  According to the Economist, as law firms increase the ratio of lawyers stationed abroad, their profit per equity partner decreases.  Diversification of all sorts creates increased information processing load for the organisation and its managers, and easily surpasses their information processing capacity, resulting in poor and/or delayed decisions.  Focusing seems to make sense here as well.

企業の多角化を否とする証拠は常に存在するが、今回は、法律事務所の国際化(=地理的多角化)を否とする証拠が紹介された。『エコノミスト』誌によると、法律事務所が海外駐在の弁護士の割合を増加させるにつれ、(所有権を持つ)パートナー1人当たりの利益は減少する。多角化というものは、組織とマネジャーに対する情報処理負荷を増加させ、彼らの情報処理能力を超えてしまいがちとなる。そうなると、意思決定の遅れや間違いが発生する。ここでも、集中はペイする戦略のようだ。

http://www.economist.com/node/21532313

2011/10/11

昔は、作れば売れたけど ...

かなり歳取ってきただけでなく、Steve Jobs のこともあり、余命を考えるようになった。「古典的な本で未だ読んでないものは、生があるうちに読まねばならない」という気がしてきて、長年、積ん読になっている本の山から、まず Vance Packard の "The Hidden Persuaders" (Pocket Books, 1957)(『隠れた説得者』、林周二・訳、ダイヤモンド社、1958)の埃を払って読み始めた。

眠る前にベッドサイドブックとして読み始めた(だから、いつ読み終わるか分からない)のだが、第2章で起きてしまった。

Packard は、何と、1950年頃には「生産量が多すぎて黙っていると売れ残ってしまうから、心理学などを使って、本来不必要な需要を喚起して不要品を欲望させる必要が出てきた」と書いているのである!!!

ご存知のように、ビジネス書の多くは(研究書でさえも)、「昔は生産量が限られていたので、生産者優位で、作れば売れた。しかし、最近は生産効率が増加し、相対的に消費者優位となってきたので、ただ作っただけでは売れず ...」という枕で始まり、「だから、今は XXX せねばならない、YYY をしてはならない ...」と自説を論ずる。

私もぼんやり受け入れていた(私は「価値観の多様化」は受け入れていない。これについては、別稿で書こう)が、1950年代には、もう既に「作れば売れる」時代は終わっていたのである。

では、作れば売れた「昔」とはいつ頃のことだったのだろう?

落ち着いて歴史を考えてみると、我が国中世の「坐」や欧州中世の「手工業ギルド」は、生産者によるカルテルであり、生産調整の機能を果たしていたと考えられる(大学も、教育サーヴィスの生産調整を行うギルドだった)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ギルド
http://ja.wikipedia.org/wiki/座
つまり、産業革命を待たずして、既に中世でさえも「作れば売れる」時代ではなかったのである。だから、まともにビジネスマネジメントを論ずるのであれば、「作れば売れた時代」などというものは、かつて無かったと言えよう。

系として、「作れば売れた昔」と「消費者に焦点を合わせなければ売れない今」とを対置するような論立てのビジネス書は、まぁ眉唾モノということになるのだろう。

勿論、今も昔も人気商品は作る端から飛ぶように売れていくのであり、小手先の消費者対策などよりも、売れる商品(またはサーヴィス)を作ることに集中すべきであることは言うまでもない。