2011/11/10

『マネーボール』とマネジメント

日本では11日に公開される『マネーボール』(ベネット・ミラー監督、ブラッド・ピット主演)は、米国の球団、オウクランドアスレティックスとそのジェネラスマネジャー(GM)、Billy Beane の物語である。実写も交えた映画自体として面白く楽しむことができるが、マネジメントの点から学ぶこともある。

そもそも1990年代末のアスレティックスは、選手の給料総額が NYヤンキースの3分の1しかない貧乏球団だった。にもかかわらず、Beane がGMになって最初のシーズンの1998年には74勝だったが、99年には87勝、2000年と2001年にはそれぞれ91勝と102勝で、プレイオフに進んだ。映画の基となったMichael Lewis 著の『Moneyball』は、その後の2002年シーズン頃を舞台としている。2001年には、契約のルールにより給料が高額になった主力選手3名を放出せざるを得なくなり、2002年のシーズン前新人ドラフトがとても大切となった。勿論、貧乏球団が金持ち球団と同じ戦略を採ることは負けを保証することであり、Beane は、それまでのプロ野球界の常識を覆すデイタ重視の戦略で賭に出た。その結果、2002年には103勝を上げ、またプレイオフに進んだ。

(1)優秀な選手が抜けて出来た穴は、特定の点で優れているが他の領域では凡庸で世間の評価が高くない選手の組み合わせで埋め合わせることができる。

圧倒的な攻撃力を持ち、優秀な一塁手でもあった Jason Giambi が高額でヤンキースにドラフトされた後は、マイナーリーグでプレイしていた弟の Jeremy Giambi、36歳となって市場価値の落ちていた David Justice、怪我によって投球が出来なくなり捕手としての選手生命が終わってしまっていた Scott Hatteberg を安く雇った。この3人に共通する特徴は皆出塁率が高いことであったが、守備力には難点があった。そこで、Giambi と Justice は交代でレフトに充て、Hatteberg は訓練し直して投球の必要性が小さい一塁手とした。

つまり「人材がいない」と嘆く前に、業務にはどのような能力が必要なのか、緻密に分析して、キーとなる能力に注目してそれを持つ人を登用する。キーとなる能力以外の能力は劣っていても良いのであれば、代わりの人は容易に見つかる場合もある。あとは、それらの人々をどう組み合わせて活用するか、経営者の腕の見せ所である。

(2)試合に勝つための真の要因は、広く受け入れられている常識とは異なることも(しばしば)ある。

もし、勝つための真の要因が、常識の通りであったら、貧乏チームのアスレティックスに勝ち目はない。Bean は、イェイル大学で経済学を学んだ Peter Brand(原著では、ハーヴァード卒の Paul DePodesta。何故、映画では別人になっているのだろう?)の助けで、膨大なデイタの統計分析から、勝つために必要なのは、打率や盗塁率などではなく、出塁率と長打力であることを理解していた。試合中の攻撃では、振らないこと、投球数を多くさせること、出塁すること、チャンスがあれば長打を狙うこと、バントや盗塁禁止などの方針を徹底させた。また、新人が将来のメイジャープレイヤーになるための資質が、ストライクゾウンを操り、無闇に振らないで出塁を選ぶ能力であり、脚力や守備力は関係ないことも分析していた。したがって、新人ドラフトでは、出塁率では優れているが特に目立たず他球団が注目しないような大学選手(高校選手はデイタが少なすぎる)を好んで指名した。チーム運用効率化のポイントは、1出塁に必要な追加的コストを低下させることであった。

一般に弱者が強者と同じ戦い方をしては、勝ち目がない。弱者は、旧来の常識を捨て、市場や競争のダイナミックスをよく分析して、新しい戦い方を編み出さねばならない。その新しい戦い方が、強者には向かないようなものであれば、言うことはない。

(3)Billy Beane がアスレティックスで実行した戦略や考え方はずっと以前から知られていたものだが、彼以前にデイタに基づいた野球を実行した GM(または監督)はいなかった。

野球に関わる統計と勝因の分析は、Bill James に始まるとされ、多くの先駆者がいて、例えば打率は必ずしも勝ち数とは関係ないことも知られていた。アスレティックスが実際に勝利すると、プロ野球界には、悪口を言ったり腹を立てる人々も出てきた。米国で『Moneyball』がベストセラーになると、ビジネスだけでなく多様な分野の人々がアスレティックスの教訓を学ぼうとしたが、学ぼうとしなかったのはプロ野球界であった。

人間は保守的なものである。例え実証的な理論であっても、それまでの常識と異なると、なかなか採用することができない。デイタを見せられても、信じたくない人は信じない。人間は非合理な存在なのである。そのお陰で、実証に基づく経営(Evidence-based Management)は、業績を上げることができるのだ。

訳本は誤訳が目立つので、英語が苦でなければ、原書がお奨め。

No comments:

Post a Comment