2011/12/07

【書評】Race against the Machine

Erik Bryjolfsson and Andrew McAfee (2011)
Digital Frontier Press

MITの E. Brynjolfsson 教授と A. McAfee 研究員による近著。

米国では、長期にわたり失業率が下がらず、家計収入の中央値が下がり続けている。リーマンショック以降は、企業収益や一人当たり GDP などは回復したにもかかわらず、この傾向が続いている。このことは、景気回復が雇用増大に結びつかず、さらに所得配分がいびつになりつつあることを示している。実際に、過去XX年間で見ると、一人当たり所得の中央値は下がり続けているものの、上位1%は、2002年以来の全米の富の増加分の65%を獲得し、1995年から2007年の間に上位0.01%の所得は3%から6%に上昇している。

雇用が回復しないことの原因について3つの理論があるとしている。1つめは、景気循環説で、大不況後の回復に時間が掛かっているだけで、何ら問題はないとする。2番目は、スタグネイション説で、鉄道・電気・内燃機関などに相当するような大規模な技術革新がなくなり、経済そのものの成長力がなくなってきたのが原因だとする。3番目は、雇用喪失説で、逆にITを中心とする技術革新の速度が速く、従来からの仕事が急速に機械に置き換えられている結果雇用そのものがなくなっているとする。著者等は、雇用喪失説の立場を採る。

ITの進歩により、従来コンピュータは苦手で人間の方が優位であるとされてきた領域で、人間の優位性が崩れつつある。例えば、グーグルは無人自動車を実際の道路で走らせたし、リアルタイムで英語・スペイン語・中国語間の翻訳をするシステムも実用化された。また、IBM開発のコンピュータは、チェスマスターのカスパロフを破っただけでなく、Jeopardy! という文脈まで理解せねばならない知識ゲームで人間のチャンピオンを破った。ムーアの法則に代表されるような、iTの指数的発展の結果、従来人間の領域とされた分野が次から次へとITに置き換えられつつある。筆者らは、企業業績が回復しても雇用が増えないのは、ITによる置き換えが進みつつあるからだと考える。また、ITの進歩に伴い、競争の勝者と敗者の差がよりはっきりするようになっている(economics of superstardom)と指摘する。人間は、このような進歩に対抗する(race against the machine)ことは不可能で、ITと一緒に競争する(race with the machine)べきだとする。

筆者らは、個人レベルの教育と同時に、ITの力を活用するために組織投資も必要だとするが、特に具体的な内容はない。巻末に、教育・起業・投資・制度 などについて、19項目の提言をしている。日本においても雇用が長期にわたって低迷し、企業業績は回復していても社会の閉塞感は晴れない状態が続いている。本書は ITを活用し、ITから利便性を得るための方策について考えるに際し、重要なきっかけを与えている。

今の処、電子書籍のみで、紙媒体は販売されていない。一昨日 ICIS (International Conference on Information Systems) 2011 で Brynjolfsson 教授に会ったときに聞いたところ、翻訳の話が進行中だという。